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【最期に伝えたかったこと、お別れの時間】⑩

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このシリーズは不定期に書いています。1年近くも記事が滞ってしまっていました。

それでもこうして読んでくださるかたへ、完結するまでもう少しだけお付き合い下さいね。

15年前、初めての妊娠で死産を経験しました。凸凹一家ではあるものの、今は毎日笑って暮らせています。

前回の記事はこちら。

右手は左胸のあたりに添えるような、左手は左の肩にちょこんとのせているようなポーズだった。

右手は、自分の心臓をかばうような形にも見えた。亡くなる時、苦しかったんだろうか?どうして押さえているんだろう。

私の悪い想像は止まることはなかった。

後に友達に話した時「苦しかったら、丸まって全身をかばうよ、自分を抱きしめているんじゃないかな」と。

また別の人は、パパとママに「頑張った自分を、どう?って見せたかったんだよ」と言ってもらいました。

真相はあの子に会えるまでわからないけれど、苦しまないで逝ったことだけを願うばかりです。最期に伝えたかったことは何だろう。

気持ちが高ぶってたのか、出産後は妙に元気だったようです。この夜のことは、自分ではあまり記憶がありません。

しっかりご飯を食べたことだけは覚えていて、火葬が次の日の予定だったので「絶対に外出許可をもらって私も見送りに行くんだ」という一心だったのかもしれません。

当日無事に外出許可は下り、火葬に向かう前に1時間くらい病室で「お別れの時間」をいただけることになりました。

病院の売店で買ったお花、感謝の手紙、記念日に撮った夫婦二人の笑顔のプリントシールも棺へ。小さなあの子の小さなお葬式です。

お布団に横たわるあの子の回りにお花を添えます。みんなに綺麗に飾ってもらって喜んでいるかな。

1人でいかせてごめんね。
お腹にいさせてあげられなくてごめんね。
出たくなかったのに無理やり出してごめんね。
苦しい思いさせてごめんね。
短い間だったけどとても幸せでした、ありがとう。

でも、できるならもう一度私のもとへ戻ってきてほしい。

小さな棺を包み込み、一生懸命伝えた。悲しくて切なくて淋しくて、涙は止まらないけれど、とても温かい時間でした。

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